1草創期の言語学
言語理論の起源は、ギリシャ.ローマ時代に辿ることができる。世界的に見えば、メソポタミアにおける辞書編纂、インドにおけるパーににのサンスクリット文法学(前4世紀)を配慮すれば、長い歴史をもっている。
「言語学」という名称が十九世紀の初頭に登場した。フランツ.ボップが「サンスクリットの動詞活用組織について」の発表をきっかけに、言語が言語として純粋に対象とされるようになった。近代の言語学を確立するのは1816年以後のことともいえる。
ボップたちが築いた草創期の言語学は「インドーヨーロッパ比較言語学」に名づけられる。この学は、英語人インド学習者ウィリアム.ジョーンズの説に触発されて生じた。彼は、インドの聖典に使われるサンスクリット語はギリシャ.ラテンの古典語やゲルマン.ケルト語と同じ源と主張していた。ここから、各国語の比較、ルーツ探し、親族関係の解明などが行われ、言語学は学問として成立するようになった。
2:ソシュールの言語学
ソシュールは比較言語の根底を疑い始めた。彼によれば、比較言語学は「言語とは何か」「言語の基本単位は何か」「言語の体系はどのようなものか」といった本質に触れなかった。
これに対して、ソシュールは「一般言語学」という領域を設定する。彼は、言語活動を「ランがージュ」、言語体系を「ラング」、個人の行使する言葉を「パロール」と区分したり、ラングを同時代的に考察する「共時的」視点と歴史に考察する「通時的」視点を区分したりする。言語の体系性と、その体系のなかでのみ規定される言語単位というものに注目し、体系の構造を探る方向と、単位の存在様式を考える方向とに道を開いていく。
3:構造言語学とチョムスキー
言語単位の研究は「音韻論」を生み出した、その後、言語研究は音韻から語彙、語彙から言語構造へ歩んでいき、「構造言語学」が誕生した。
かつてアメリカ構造言語学は語彙論的分類の方面にばかりこだわりがちだが、それに不満をもているノーム.チョムスキーが統語論的法則を重視する姿勢を取り出した。
彼は、言語の具体的なさまざまな現れを「表層構造」、個々人が基本能力としてもつ抽象的記語列を「深層構造」と呼ぶ。後者から前者がどのように実現されるか「樹形図」によって表し、その操作を全体を「(変形)生成文法」と名づけた。
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